ブログコンセプト&自己紹介

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よーかん

こんにちは!
当ブログ「未来を自分で書き換えよう!」運営者のよーかん(@yokan719)です。

この度は、数あるサイトの中から当ブログ「未来を自分で書き換えよう!」にアクセスしていただき、本当にありがとうございます!

このページでは、当ブログのコンセプトと、運営者である僕のプロフィールを紹介します。

目次

当ブログ「未来を自分で書き換えよう!」のコンセプト

当ブログ「未来を自分で書き換えよう!」では、『働きながら、経験をコンテンツにして収入の柱を作る』ことをコンセプトとし、すべて運営者よーかんの体験談に基づいて、以下のカテゴリーを中心に発信しています。

当ブログで発信するカテゴリー
  • Xアフィリエイトで稼ぐ
  • 資産型ブログで稼ぐ
  • ビジネスの本質
  • マインドセット(思考法)

僕がこのブログを通して最も伝えたいこと。

それは、「好きな仕事を心から楽しむためにこそ、個人で稼ぐ力が必要だ」ということです。

僕は本業で14年以上、ケアマネジャーとして働いています。

もともと介護の現場からキャリアをスタートさせたので、介護業界で20年以上働いていることになります。

介護は本当に素晴らしい仕事です。

自分たちが関わった利用者さんの生活が良くなっていくと、僕はめちゃくちゃ嬉しくなります。

でも……。

現実問題として「やりがい」だけでは食べていけません。

どうしても介護保険制度に依存した収入モデルとなるため、僕たち介護の現場で働く人の給料は世の中の平均より低くなりがちです。

また、この仕組みにより、大きな昇給やステップアップが難しいという課題もあります。

介護職に限らず、同じように多忙なエッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちも、給料の水準が低いという、社会的な問題を耳にしたことがある方も多いでしょう。

このように、介護職を始めとした社会的に必要不可欠で、尊い仕事をしている人が、給料の低さや将来の不安に怯えている。

よーかん

そんな現状を変えるために、「会社だけに依存しない他の収入の柱を打ち立てる必要がある」と僕は考えています。

会社からの給料だけではなく、自分が生み出したモノで相手に価値を提供し、その対価として直接自分がお金をいただく。

これができるようになると、会社に依存せず安心できるし、何より自分で自分の人生をコントロールできるという実感がわきます。

「ありがとう」という感謝の言葉だけでなく、対価としてのお金もいただけることは、本当に嬉しく、誇らしいものです。

きれいごと抜きで、経済的な余裕は心の余裕に直結します。

そして何より、自分でお金を稼ぐ力は、あなたの「時間」を守る最強の盾になります。

将来の不安を払拭し、あなたが今の仕事や生活を心から楽しめるようになるために――。

よーかん

当ブログでは、僕自身が実践してきた「経験をコンテンツ資産に変える方法」を包み隠さずお伝えしていきます。

一次情報に基づく情報を発信します

上記のコンセプトに基づき、ノウハウコレクターを卒業し、自らコンテンツビジネスを実践し続けている経験から、次のような一次情報を発信・解説していきます。

  • 自ら実践して成果が出た施策
  • 失敗から学んだ「やってはいけないこと」
  • 時間を生み出すための思考法とツール活用

経験則だけではなく最前線の情報をつかみ、体系的にまとめて情報発信

僕は自身の経験だけでなく、常にビジネスの本質を学ぶために自己投資を続けています。

書籍や教材などからだけでなく、信頼できるメンターやコミュニティから得た「最前線の知見」を、初心者の方にもわかりやすく噛み砕いて還元していきます。

運営者「よーかん」の経歴

まずは、僕が社会人になってから現在までの経歴を一気に書いていきます。(この表は適時に更新しています)

時期出来事
1981年07月(00歳)母の実家がある高知県で誕生し、愛知県名古屋市で幼少期を過ごす
1988年04月(06歳)父親の転勤で、愛知県西三河へ引っ越し(これ以来ずっと地元)
2000年04月(18歳)名古屋工業大学へ入学するも、学校に馴染めず中退。パチスロにハマる日々に転落
2004年04月(22歳)親への申し訳なさから介護業界へ就職。「ありがとう」の言葉に救われ介護の道へ
2011年07月(30歳)介護福祉士、介護支援専門員を取得。ケアマネジャーとしてキャリアを積む
2017年(36歳)主任介護支援専門員を取得
2024年06月(42歳)上司命令で講師業を担当。50時間以上の無償残業・報酬ゼロ・評価Bの現実に絶望
2024年07月(43歳)人生を変える決意。198,000円の副業スクールへ加入(決済する指が震える)
2024年08月(43歳)Webライター、ブログを開始するも挫折。ノウハウコレクターへの道を歩み始める…
2025年05月(43歳)X(Twitter)アフィリエイトを開始
2025年07月(44歳)副業月収10万円を突破
2025年09月(44歳)メルマガ配信スタート。有料noteで月10万円以上の収益化に成功
2025年10月(44歳)初のKindle出版を達成
「AIと自動化で稼ぐ!2025年最新X新規アカウント育成とシャドウバン回復ロードマップ」
2025年12月(44歳)ブログ月収6万円を突破

これ以降には、僕の現在までに至るストーリーを語っていきます。

よーかん

ちょっと恥ずかしい過去や、情けない「どん底」の経験もありますが、ご興味あれば読んでいってください。

優等生から一転、パチスロに溺れ大学中退した20代

1981年7月ーー。

僕は母の実家のある高知県の病院で産まれました。

ちなみに母親の実家は西土佐村という山間のめちゃくちゃ田舎です。

幼い頃は夏休みや冬休みなどで母と毎年一緒に帰省し、自然や昆虫が大好きな子どもでした。

物心つくころまでは名古屋市に住んでいて、小学校に上がると同時に父の転勤で、現在も住んでいる西三河へと引っ越しました。

最初は周りに友達もいない環境でしたが、小学校に入学するとすぐクラスメイトと打ち解け、ファミコンをしたり外を駆け回ったりして遊んでいたのを覚えています。

小学校の頃は『SLAM DUNK(スラムダンク)』に憧れ、バスケットボール部に所属。

運動は決して得意な方ではありませんが、部員が少なかったこともありレギュラーでした。

しかし、練習ではシュートを決められるものの、試合本番では「シュートを外したらどうしよう」と完璧主義なところが顔を出し、全然シュートが打てず…。

結局、僕が初めて公式試合でシュートを打ち、決めたのは小学6年生の夏でした。

初めてシュートを決めた時の、ボールがネットを揺らす音とチームメイトからの歓声は、今でも鮮明に覚えています。

自分で言うのもなんですが、子どもの頃の僕は割と成績優秀な方で、学級委員を任されることも度々ありました。

しかし、中高生の頃はアウトローな世界に憧れを覚え、高校に入学すると悪友と一緒に最寄り駅でたむろし、あろうことか制服を着たままタバコをふかす日々。

一応、地元の進学校だったんですが、なんと制服で堂々とタバコを吸っている現場を当時の校長先生に見つかってしまい…。

校長「お前、うちの高校じゃないのか?」

僕「誰??」

校長「校長だ、バカヤロー!!」

顔面蒼白になった僕は、こうして入学2ヶ月目でいきなり学校謹慎処分を受けるのでした…。

あの頃は本当に親に迷惑をかけました。(本当にゴメンナサイ)

その後は、青春をエンジョイしながらも素行を立て直し、勉強もほどほどに頑張るように。

とは言え、特になりたい職業や目指す生き方が無かったため、近場で自分が行ける中で一番良い大学へ行こうと思っていました。

そして、現役で国立名古屋工業大学へ合格。

家庭教師や塾講師のアルバイトなどをしながら、無難に大学を卒業して何かしらの仕事に就くつもりでした。

しかし、ここで人生最初の大きな挫折を味わいます。

大学の雰囲気にどうしても馴染めず、現実逃避するようにパチスロに大ハマりしてしまったのです。

前述の通り、特になりたい職業や目指すものが無かったこともあり、段々と大学に通うことが苦痛に…。

そんな時に、友人に誘われて行ったパチスロでビギナーズラックが炸裂してしまいました。

なんと6万円も勝ってしまったんです。

初めてパチスロを打った時は「うわ、もう5,000円が消えてしまった。怖い…」と思っていたのに、数カ月後にはパチスロで5,000円使うのは当たり前という感覚になっていました。

それからの僕はパチスロ熱に侵され、大学に行くふりをして朝からホールに並ぶ日々。

本当に狂っていました。

当然、単位は取れず、ついにはほとんど学校に行かなくなり……。

「親になんて言おう…」

パチスロで現実逃避をしながらも、いつかは現実と向き合わなければならない葛藤と苦しみがありました。

大学3年になる年の4月に意を決して、僕は親に真実を打ち明けました。

「ごめんなさい。実はほとんど大学に行ってなくて単位が全然取れてなくて…」

あの時の両親の落胆した顔は今でも忘れられません。

それでも、僕の話を聴いた両親は「もう少し頑張ってみなさい」と言ってくれ、そこから勉学に励む日々に…となるはずでした。

しかし、意を決して大学に行くも、講義の内容についていけないしパチスロのことが気になって仕方ありません。

僕は再び、逃げてしまいました。

「……ごめんなさい。大学もう無理です。」

再び両親を眼の前にし、ようやくひねり出したか細い声で、僕は本当に情けないことを伝え、大学を中退したのです。

両親の期待と信頼を裏切った上、「勉強が割とできる優等生」と思ってここまで生きてきた自分も壊れてしまいました。

僕のプライドは粉々に砕け散り、自尊心もどん底に落ちました。

「もう消えてしまいたい…」

何をどう考えても自分が悪いのに、「物理が好きじゃなかったから」とか、「一緒に行ってくれる友達がいなかったから」とか、現実を素直に受け止めることもできず…。

この頃は完全に他責思考だったのです。

こうして、自らの選択と決断で優等生から転落した僕は、劣等感と親への申し訳なさで押しつぶされそうでした。

「ありがとう」に救われた介護職時代、しかし…

「とにかく働かなければ。親にこれ以上迷惑はかけられない」

大学を辞めてからはそんな思いで、車の洗車などのアルバイトをしつつ就職について考えていました。

学歴を自ら閉ざしてしまったため、どう考えても肉体労働しかありません。

ハローワークで求人情報を見ると、高卒でも働けそうなところ自体はいくつか見つかりました。

愛知県ではトヨタ自動車の下請け会社が数多くあり、工場のライン勤務などが主です。

しかし、ラインの仕事はどう考えても自分には向いていないと思い、応募できずにいました。

そんな中、地元の病院の求人が目に留まります。

「病院での介護の仕事」

当時の僕は、この求人を見て「骨折とかで入院した患者さんのお世話をするのかな?」と思いました。

介護の現場のことなんて何も知らなかったのです。

とは言え、「人と関わる仕事なら工場勤務より楽しく働けるかも」と思い、求人に応募しました。

そして、面接すると仕事の内容はなんと「介護老人保健施設での高齢者の介護」でした。

「えっ?高齢者のお世話をする仕事なの!?」

面食らいながら、施設内を見学させてもらうと、僕がこれまで見たこともないような光景と情報が脳内に一気になだれ込んできて、めちゃくちゃ混乱しました。

「こんなに年寄りがたくさんいるところ見たことない!!しかもなんかみんな弱ってそう!?」

「え!お風呂やトイレの手伝いもするの!?おむつ交換!?マジか!!!」

正直に当時の気持ちを振り返ると「僕にはできない」と思いました。

しかし、もう就職先を決めて、両親への後ろめたい気持ちから解放されたいという打算的な考えも巡り…。

「合わないと思ったら辞めればいい。」

そんな消極的な想いでしたが、この介護老人保健施設で働くことを決め、介護職としてのキャリアをスタートさせたのでした。

しかし、日々の高齢者の方々とのコミュニケーションは意外にも楽しいものでした。

入浴介助やトイレ介助など、ハードなことも多かったですが、高齢者の方々はちょっとしたことでも「ありがとう」と言ってくださり、前向きに仕事を続けられたんです。

大学を辞めて傷ついていた僕の心に、たくさんの「ありがとう」という言葉が染みわたりました。

「自分はまだ、誰かの役に立てるんだ…!」

その喜びを原動力に、働きながら猛勉強。

介護福祉士、当時の合格率20%だった介護支援専門員(ケアマネジャー)を一発で取得し、30歳になる年にケアマネへ転職。

この間に結婚し、二人の子供にも恵まれました。

ケアマネとなってからは、主任介護支援専門員(主任ケアマネジャー)も取得して、順調に介護職としてのキャリアを重ねてきました。

仕事はめちゃくちゃ多忙な日々でしたが「ケアマネは天職かもしれない」と素直に思えたのです。

しかし、サービス残業など仕事+αで失っている時間や、家族4人を支えるには心もとない給料から目を逸らしていました。

毎日疲れて帰宅し、大好きなドラクエ10やゲームをしたり、YouTubeを眺めたりしながら過ごす。

休日は少ないお小遣いを握りしめ、パチスロの勝ち負けに一喜一憂する。

「そのうち給料も上がるさ」と楽観的に考えていて、こんな日々がずっと続くものだと、何の疑問も感じていなかったんです。

しかし、現実は残酷でした…。

無償残業50時間、報酬ゼロの講師業で「目が覚めた」日

2024年、僕の人生観を根底から覆す事件が起こります。

上司からの命令で、「介護支援専門員受験対策講座」の講師を担当することになりました。

講師という責任ある立場で受講生の人生がかかっている以上、手抜きはできません。

一から勉強し直し、膨大な資料とスライドを作成しました。

当然、日中は通常のケアマネ業務で手一杯なので、資料作りはすべて「持ち帰り仕事」です。

「つらいし大変だけど、勉強にもなるから」と自分に言い聞かせ50時間以上かけて資料とスライドを完成させ、僕の担当講座も好評で幕を閉じました。

しかし、講座を終えた僕に対して、きっとあると期待していた報酬や称賛の言葉など一切ありませんでした。

  • 自宅での作業時間:50時間以上
  • 残業代:0円
  • 講師としての特別手当:0円

受講生からは安くない受講料を徴収しているのに、そのコンテンツを作った僕への報酬はまさかのゼロ。

さらに、その期の人事評価は、当たり前のような顔で「B(普通)」。

「……あぁ、そうか。。。」

プツンと、何かが切れました。

ケアマネという仕事は自分に向いていると思っているし、誇りを持っています。

でも、10年以上のキャリアがあっても、給料は新人とほとんど変わらない。

介護支援専門員受験対策講座に限らず、「ボランティア精神」という美名のもとにこれまで当たり前のように行われてきた、会社からの搾取。

「やりがいだけじゃ、飯は食えない」

「このまま会社に依存していたら、一生『自分の時間』は手に入らない」

42歳にしてようやく、僕は残酷な現実に目が覚めたのです。

震える指でクリックした198,000円の自己投資

「現状を変えるには、自分で稼ぐ力をつけるしかない」

そこからX(旧Twitter)やインターネットで副業についてめちゃくちゃ調べました。

以前は「副業=あやしい」と決めつけていたのですが、調べていくうちに副業は努力の世界だということが分かってきます。

そして2024年7月。

僕は意を決して、198,000円の副業スクールへの入会を決断しました。

このスクールは副業をトータル的に学べ「0→1突破したら月30万円の副業収入を目指す」、しかも添削などは無期限というまさに初心者に向いているものでした。

無料講座でメンターの人柄や対応を確認したところ「何だか信頼できそう!」と思えたのも決め手でした。

しかし、今までパチスロでもこんな大金を一度に使ったことはありません。

「実は、騙されてないだろうか…」

そんな想いが何度も何度も何度も頭の中を交錯し、決済ボタンをクリックする指は、恐怖で震えます。

「いや、僕はこれで人生を変えるんだ!!」

そう強く念じながら、決済ボタンをクリックしました。

そして決済を終えて少し経つと、極度の緊張から解放されたせいか、何だか妙な高揚感に包まれました。

「X(旧Twitter)では華々しい副業成績を掲げる人がたくさんいるしきっと自分もすぐ成功するはず!」

かくして僕は、そんな淡い幻想を抱きつつ、副業の世界へとダイブしたのでした。

メンターとの面談やスクールでの学びを通して、僕は「書く副業」に挑戦したいと思い、メンターも適正がありそうだと後押ししてくれ、Webライターとブログにチャレンジすることに。

ーーしかし、現実は甘くありませんでした。

Webライターでは実績も無いためそもそも応募がなかなか通りません。

数十通の応募をしてやっと採用されても、文字単価は低いうえに、複数案件を抱えると締切に追われ、本業以上に疲弊する日々。

初めて受けたWebライターの案件では1記事納品するのに20時間はかかりました。

時給換算すると200円…。

ブログを始めても収益は初月ゼロ、2ヶ月目ゼロ、3ヶ月目ゼロ…

見事なゼロ行進で心が折れました。

「こんなはずじゃなかったはず…。」

そう思えば思うほど「今はこれが稼げる!」という甘い言葉にすぐ飛びつき、気づけば立派な「ノウハウコレクター」が誕生していました。

Xアフィリでの初成果、そして「資産構築」へ

それでも、「あの日に分かった残酷な現実」を忘れることはできませんでした。

きっと明るい未来が待っているはずと信じ、YouTube台本作成、動画編集など、泥臭く手を動かし続けて少しずつ、でも確実に毎月の報酬を得ていきました。

転機が訪れたのは、2025年5月。

「X(Twitter)アフィリエイト」との出会いです。

開始数日であっさり0→1突破をすると、7月には単月でXアフィリエイト収入8万円を突破。

他の副業と合わせると、7月の副業月収はなんと10万円を突破しました。

そこからは、徐々に結果がついてくるようになり、上記のような成果を収めることができています。

Xアフィリエイトで得た経験を有料noteというコンテンツに変え、それだけで10万円超えの売り上げとなりました。

また、あれほど収益化に苦労して稼げなかったブログとも向き合い、2025年12月にはブログのみでも月収6万円を超える収益を出せたんです。

そして今、僕は確信しています。

「正しい場所で、正しい努力をすれば、個人の力で未来は書き換えられる」と。

会社に搾取されることに疑問を持たず、誰かが敷いたレールの上を歩くだけの人生は、もう終わりにしましょう。

よーかん

次は、あなたが「自分の人生と時間」を取り戻す番です。
一緒に、未来を自分で書き換えましょう!

運営者「よーかん」の主な活動内容

僕は現在「経験を資産に変える」をテーマとして、以下のプラットフォームで情報発信活動を続けています。

よーかんの情報発信活動
  • ブログ
  • X(旧Twitter)
  • メルマガ
  • note
  • Kindle出版
  • stand.fm(スタンド・エフエム)

情報発信メディア①:ブログ「未来を自分で書き換えよう!」

当ブログ「未来を自分で書き換えよう!」では、『働きながら、経験をコンテンツにして収入の柱を作る』ことをコンセプトとし、すべて運営者よーかんの体験談に基づいて、以下のカテゴリーを中心に発信しています。

当ブログで発信するカテゴリー
  • Xアフィリエイトで稼ぐ
  • 資産型ブログで稼ぐ
  • ビジネスの本質
  • マインドセット(思考法)

かつての僕のように

「会社に搾取されていると感じている」

「社会的に意義ある仕事をしているのに、将来の不安が消えない」

という方に向けて、会社に依存せず自由な働き方を実現するための「資産構築」のヒントをお届けします。

すべて運営者よーかんの実践と検証に基づいた、嘘のない一次情報です。

≫ブログのトップページを見てみる

情報発信メディア②:X(旧Twitter)「@yokan719」

X(旧Twitter)では、経験を資産に変えるビジネスの本質について、日々の気づきやマインドセットをリアルタイムで発信しています。

  • 副業初心者が陥りやすい罠
  • 時間を守るための思考法
  • ケアマネ視点での「人生とビジネス」の共通点

など、ブログよりも近い距離感で、副業初心者の「味方」として発信しています。

≫X(Twitter)でよーかんをフォローする

情報発信メディア③:メルマガ「無料プレゼント配布中」

「孤独な戦いは、もう終わりにしませんか?」

メルマガでは、ブログやXでは語れない「より深く、本質的な話」をお届けしています。

  • 副業を継続するためのマインドセット
  • 「時間>お金」を実現する具体的な戦略
  • ここだけの裏話や、失敗談の共有

また、僕はメルマガ読者さんを「単なる読者」ではなく「共に成長する仲間」だと思っています。

「誰にも相談できない」「心が折れそう」

そんな時は、いつでもメールをください。

いただいた返信には真摯に目を通し、必ずお返事をお送りしています。

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情報発信メディア④:note

情報発信メディア⑤:Kindle出版

情報発信メディア⑥:stand.fm(スタンド・エフエム)

誰でも無料で聴くことができる音声配信アプリ『stand.fm(スタンド・エフエム)』では、僕のビジネスに関する価値観や考え方を語っています。

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